前回に引き続き2007年に発売された「パックマンチャンピオンシップエディション(以下パックマンCE)」開発メンバーへのインタビュー。今回が最終回です。いよいよ世界大会でクライマックスを迎えます。


ーー パックマンCEのビジュアルについて聞かせてください。

中島Xbox 360という新しいハードを使っていることもあって、ビジュアル面でもいろいろな工夫があるんだよね。

田名網自分がはじめてパックマンをプレイした時っていうのは、まだ「アミューズメントパーク」ではなく「ゲームセンター」と呼ばれていた頃です。 暗い店内にテレビゲームの筐体がただ置いてあるという状態。その中で印象に残っているのがパックマンの青い迷路なんですね。真っ暗な中で迷路がネオン管のようにボーッと光っているんです。 パックマンCEのグラフィックは、オリジナルを踏襲しようと決まった時に、まず頭に浮かんだこの光景、もうこれしかないって思いましたね。

中島後から岩谷さんに聞いた話だと、ネオン管というイメージは開発当時からあったみたいですね。でも、そのころはハードの限界で色が8色しか使えなかったため、うまく表現できなかったとおっしゃっていました。

田名網あとオリジナルの踏襲ということで悩んだのは解像度の問題ですね。ご存じの通り昔のゲームっていうのはとても粗いドット絵でできているので、ところどころガクガクしているんですよ。 それをXbox 360の高解像度にあわせてツルッツルでピッカピカにしてみると、その時点でもうパックマンではないんですね。つくづくあのころの16×16マスでできたドット絵というのは究極の完成度だったんだなというのを思い知りました。

中島パックマンには時代を超えても劣化しないシンプルな美というものがあって、その美を崩しちゃいけないなということなんですね。 変にガチャガチャやらずに、ドット絵の美を今の技術で表現すればどうなるのかということを追求してもらうことにしたんです。

井口LSIゲームなんかも含めて、あのころに思い描いたパックマンというものを、当時のイメージそのままにグレードアップさせたらどうなるかっていうことをみんなで考えましたね。

田名網そうそう。LSIゲームも部屋を真っ暗にしてやりましたよね。ゲームセンターと同じで暗い中でぼんやり光っててとてもかっこよかったという記憶が原体験として残っているんですよね。

井口そのイメージをかなり意識的に再現しましたよね。

ーー オリジナルパックマンのイメージを踏襲するというコンセプトはいろいろなところで徹底されてますよね。

田名網ええ。例えば高得点を出してモンスターがスピードアップするとき、モンスターに残像が付くっていうアイディアが出てきたんです。 もちろんモーションブラーなどでいくらでもきれいに見せることもできたのですが、あえて残像も8ドットくらいのドット絵で表現することにしたんです。 80年代的な電子ゲームの残像のようなかっこよさを目指したんですね。

※ モーションブラー
動いている対象を撮影した時に生じるカメラのブレ(ブラー)を使った表現のこと。ここではコンピューターグラフィックにおけるモーションブラー効果のことを指している。

中島確かに滑らかに動かすのが美である、という方向性もあるんですよ。でもパックマンの美はそういう美ではないんです。

井口いろいろなものを付け足すのではなく、元からある物を反射するくらいひたすら磨きこむというイメージですね。

田名網単に要素を足していくだけじゃなく、ちょっと足したらどこかを削るといった、全体としてのバランスを考えなきゃならない。

井口感覚としては宮大工に近いですね。

中島プレイヤーが操作するレバーもそうですよね。あくまでも上下左右の4方向だけにしか移動しないようにしてあるんです。

井口アナログレバーで操作するので斜め方向の入力情報も入ってくるのですが、前後の動作などからプレイヤーがどちらに動かそうと考えているかを予想して4方向に振り分けています。 ぼくらはもともとアーケードゲーム出身なので、そういったゲームの入力という部分に関してはすごくこだわりがありまして、ノウハウが生かされています。

中島プレイヤーは何をしたくてこのような操作をしたのだろう、ということを解釈してそれをかなえてあげる。 目に見えないことだけど、こういうことがとても大事なんです。


ーー さて、いよいよゲームが完成し、NYでの世界大会ですね。

中島正直どうなるのかドキドキでしたよ。バグが出たらどうしようとかね(笑)。

井口そもそもこの大会の出場者はこのゲームの存在を知らないまま来ているんですよね。

中島予選はオリジナルのパックマンで行いましたからね。最終的に選ばれた10名がNYに集結し、はじめてその会場で新作をお披露目ということになったわけです。

井口この時考えられる最悪の状況というのは「パックマンと違うじゃないか」という拒否反応ですね。彼らの反応にドキドキしてました。

中島そしていよいよ大きなスクリーンで「みなさんにはこれで競っていただきますよ」とパックマンCEを発表したんです。 その時は半秒くらいシーンとして、その後すぐに「イエーーーッス!!!」とすばらしい反応を示してくれたんです。その時は本当に胸をなで下ろしましたね。

井口プレスの反応も良く、「これはパックマン2じゃないか?」という記事もあったくらいです。「ああ、そうしとけばよかったなあ」と思いましたね。そうすればもっとインパクトがあったんじゃないかなあって。

中島「これは新しいゲームだ。しかし我々の知っているパックマンだ」とも書いてもらいました。うれしかったですね。

大西正直不安な面もあったんですよ。でも、オリジナルパックマンの正当な進化形という信じていた部分が認められて本当にうれしかったですね。

井口北米のパックマンマニアというのは日本人が考えるよりもずっと深くて濃くて、親子二代でパックマンをやっているような人も結構いるみたいです。 そういう人たちがこのゲームを認めてくれるかどうか、それは正直わからなかったんですが、幸い好意的に思ってくれたようで本当に報われました。 また、マニアだけではなくパックマンを知らない若い人が、純粋にアクションゲームとして「パックマンってこんなにおもしろいんだ」と気付いてくれたこともうれしかったですねえ。

ーー 昨年はiPhoneに移植もされたのですよね。

中島ええ。その時は「ボリュームが少ない」というユーザーからのご意見を踏まえて、遊べるステージやミッションをたっぷり増やしました。

井口少ない少ないと言われ続けていたので、くやしいから100面以上増やしました(笑)。

中島これからもいろいろなハードに移植して世界中の多くの人に遊んでもらいたいなと思っていますし、それにふさわしいバージョンができたと自負しています。

ーー 岩谷さんもベタほめでしたね。

中島途中いろいろ紆余曲折ありましたが、負けずに乗り越えたかいがありました。

井口実はイベントが成功するまではビクビクでしたね。岩谷さんも今まででいちばんピリピリしてましたよ。でも成功した後は本当に手放しでほめてくれました。

田名網この座談会でいろいろ岩谷さんへの文句や不平も言いましたが、岩谷さんがいたからこそのこのゲームですよ。

井口それはすごく強調しておきたいです。

大西やっぱり「岩谷さん=パックマン」なんです。

井口最初に「パックマンはこうあるべき」という厳格なルールを出されたときはかなり戸惑いましたが、それがあったことによって、ルールの中でとことん突き詰めていけたんだと思います。 「100メートル走をどういう形で競うのか」という話に例えると、自転車で走るのでも、車で走るのでもなく、純粋に筋肉で鍛えて走る。シンプルな形でパフォーマンスを上げるという方向性に我々を導いてくれたのかなと思います。 岩谷さんがいてくれてよかったなあと今すごく感謝してます。

中島岩谷さんはゲーム性の親切さがいちばん大事だといつもおっしゃっていましたが、まさにそういうことなんだなと思います。


ーー 最後に、今度パックマンを作るとしたらどのようなゲームにしたいですか?今回できなかった3D表現などを試してみたいと思われますか?

田名網いやあ、オリジナルパックマンの美しさを作りながら知ってしまったので、今はあんまりそれは作りたくないですね。 だから、新しい物を付け足すというよりは、今のハードや技術でもっとよくなるようにアップデートしていきたいですね。

大西田名網さんと同じです(笑)。どこかにワンアイディア入れたいというのはありますけど、基本的には足し算していくのではなく、 逆にどこかを引いて、全体としてはゴチャゴチャしないものを作りたいですね。

田名網とは言え、技術はどんどん進歩していくので、ハイビジョンや立体映像など、その時の最新技術、 最新ハードによってまた違ったビジュアルやゲーム性が生まれていくのかなとは思います。その中でパックマンを作ったらどうなるのかなという興味はありますね。

中島立体視でもなんでも、目先の技術に捕らわれるとろくなことがないので、まずはそれを消化してから。お客様がパックマンに期待する、 新しいなにかを提示していき、これからもできるだけ多くの人に遊んでほしいですね。できることなら未来永劫パックマンが引きつがれていってほしいです。

井口やっぱりもっと大勢の人に遊んでもらいたいですね。パックマンCEは最先端のゲームが好きな人には届いたと思うんですけど、エッジが効きすぎていて、 必ずしも一般の人に届いたとは言えないと思うんです。今度は一般的知名度はないけど知る人ぞ知るミュージシャン、というのではなく、 テレビのCMなどで誰でも知っているタレントみたいな、そういう存在の部分で勝負できるようなパックマンを作ってみたいです。

中島まあみんなやる気マンマンなんですよ。パックマンも30周年と言わず40周年、50周年、僕たちが死んでからも引きつがれていくようなものになるといいですよね。